「新大阪」の魅力

新大阪のスタートは
1964年東京オリンピックの年。

開業時の新大阪駅の風景
新大阪の歴史は古くは聖武天皇の天平時代、僧行基が現在の西中島に光用寺を建立したという逸話に始まりますが、その現代史の幕開けは東海道新幹線の終点駅として新大阪駅が開設された東京オリンピックの年、1964年になります。ほぼ同時に地下鉄御堂筋線も新大阪駅まで延伸しています。ちなみにセントランドの関連会社の前身が新大阪駅前にビルを建設したのがその8年後の1972年。新大阪とセントランドは半世紀を越える長いおつきあいというわけです。

新大阪は大阪でも一番の交通の要所

新大阪駅と御堂筋
その後、幹線道路の新御堂筋が完成。大阪市内と北摂の千里ニュータウン、そして名神高速道路を結ぶ主要幹線道路として今も西日本一の交通量を誇ります。空の玄関口大阪国際空港へは地下鉄とモノレールを利用して約30分。バスでも約30分。また、関西国際空港へもJR特急で約55分。こうした交通の要所として新大阪は飛躍的な発展を遂げてきました。更には北陸新幹線の延伸やリニア中央新幹線の構想などもあり、今後ますます新大阪の交通上の重要性は増してくることは確実です。

働く街としての新大阪。

新大阪駅付近のオフィスビル群
交通の要所という点から新大阪周辺の淀川区、東淀川区に本社を置く上場企業は30社を数え、一大ビジネスゾーンを形成しています。よく名前の知れた、精密機械、製薬、食品などのメーカー、小売業やサービス業の本社があります。また、便利な割には賃料が割安な地域ということから、ベンチャー企業の集積も進んでおり、「にしなかバレー」というコミュニティも設立されました。「にしなかバレー」の主宰者である株式会社i-plug(本社:新中島ビル)の中野社長は、ベンチャー企業に新大阪が人気の理由として「交通の便、賃料が割安、に加えて、女性のパート人材が集めやすい」ことを挙げています。(淀川区は25−39歳の女性人口が大阪市で最も多い区です。)こうした会社で働く人々を支えるために新大阪周辺には、オフィスビル、マンション、ホテルなどが軒を連ね、商業施設やサービス施設、飲食店なども非常に充実しています。

住む街としての新大阪。

西中島南方駅付近の風景
新大阪駅を挟んで、北に東三国、南に西中島南方。この御堂筋線の3駅の沿線を地域としての新大阪と呼ぶことができるでしょう。元々交通の便の良さから単身赴任の方々が多く住む街でした。賃貸マンションが立ち並び、商店街や飲食店、深夜営業のスーパー、コンビニ、ホームセンター、そして学校や保育所、病院など生活に必要なインフラが整っている割には、梅田周辺や江坂以北の北摂地域に比べて家賃も安く、下町風情が残っており、住宅地としての人気が近年高まっている地域です。2015年のHOME’S「近畿圏−借りて住みたい街」ランキングでは第1位に「新大阪」が、第9位に「東三国」がランクインしています。また、SUUMOの「住みたい街ランキング2016」では「穴場だと思う街」の第5位に東三国がランクインしています。飲食店は東三国の半径800m以内に食べログ掲載店が400店も掲載されているようで、食事に困るということはなさそうです。最近ではお洒落なカフェやバーも増えています。地域的には新大阪の北西から東三国の西側にかけての地域が特に人気が高いようです。

未来につながる街ー新大阪。

新淀川大橋からの風景
前に述べた北陸新幹線やリニア中央新幹線はずっと先の話ですが、新大阪駅を起点に放出(はなてん)駅までを結ぶJRおおさか東線は2018年の開業目指して工事が進んでおり、新大阪と大阪の東エリアとのアクセスが飛躍的に向上することになります。また、現在は千里中央までの北大阪急行が北上して、新箕面駅(仮称)まで約2.5km延伸されることになり、2020年の開業を目指して、工事が進められる予定です。大阪の北のベッドタウン箕面と大動脈の新幹線が直結される訳で、新大阪の重要性はますます大きくなって行くでしょう。交通の便宜性が向上するだけでなく、さらに生活インフラが充実し、より暮らしやすく、より生活をエンジョイできる街へと成長して行ってもらいたい。新大阪の発展を見守ってきたセントランドは、これからもずっと新大阪地域の発展を祈り、賃貸オフィス事業を通じて貢献してまいります。